HDRiな生活

HDR(ハイダイナミックレンジ)写真の連載。ストックフォトでカメラ機材代の捻出を目論む。


オブスクラの闇と光明

オブスクラの闇と光明

カメラ:D700、 レンズ:SIGMA 20mm F1.8 EX DG、ISO:200、絞り優先、ブラケット:-2〜+2、ホワイトバランス:オート

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そもそも写真を撮り続けるということに何の意味があるのか。見ないように、考えないようにしているけど、たまにぐわっと押し寄せてくる。まずは1000枚まで突っ走ってみようと進行中だけど、どげんかせんといかんこのモヤモヤ感。保坂教に入門した方がいいのかな。

心理学は人間を物理化学的反応体として扱えるという迷信に囚われている。人間は迷信に囚われているときには迷信と気づかない。現代人が昔の占星術や錬金術を見るのと同じように。
− 岸田 秀


散歩してきます。

撮影環境・雑多品

Nikon Df

2014年3月の現状、当機しか選択肢がない次第。

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コメント: 16

D-cuprio 

どうしても・・このタッチは「アキラ」を思い出します^^

小雨 

そこに被写体があるから…
だたそれだけのことではないでしょうか…

レモナママ 

写真を撮ることが好きだから・・・

ハッとする、その一番輝いている瞬間を切り取る喜び、、
それはまるで被写体との会話を楽しんでいるかのような幸福な一瞬、、、

ToshiroさんのHDRは、その被写体に対する愛情・優しさがものすごく「伝わって」くるんです
なんというか、上手く表現出来ないんですけど、ズギュンって胸に突き刺さるというか・・・

これは誰にも真似出来ないと思います

センスも何もないヤツが生意気なこと言ってすみません

Toshiro 

>D-cuprioさん
アキラは影響と衝撃を受けましたね。ぐぁつぐぁつ!

Toshiro 

>小雨さん
そうなんですよね、シンプルなんです。考えてしまうとシャッターが切れなくなったり、フレーミングの段階で断念してしまうんです。いかんいかん。。。

Toshiro 

>レモナママさん
ええ、大好きです。ただ、やるなら無意味な事はしたくないんです。自己満足でも終わらせたくない。なんつーか、うーん、また言葉になりそうだったら連ねてみます。

お褒めの言葉、とてもとても励まされます。ありがとうございます。

保坂 

教祖です。
その穴、僕は掘りました。
撮れなくなるとわかりつつ、掘りました。
どん底についてみたら、まだ掘れる地面がありました。
まぁ、そこにHDR写真があった訳なんですが・・・。

写真を撮る理由を悩むというのは、人生を悩むということです。
僕は自己満足がいいと思うんです。
だって他人のためにやってる訳じゃないからね。
撮りたくなくなったら、撮らない方がいいですよ。
撮りたい気持ちは、そこの角を曲がったところにあるかもしれないし、明日かもしれない。
何かふと映画を見た後かもしれないし、友達とあった時かもしれない。
何年も後の忘れた頃になるかもしれないし、それこそ60歳すぎてからも知れない。
いいじゃん、それで。
自分のやりたいことなんだから。

#でも僕はそんなToshiroさんに、撮んないのぉ、とか言うと思うけど。(^^)

junki 

こんにちは。

相変わらず素晴らしい。これはまた、一段と透明感があって。
まだ、HDRを撮り始めて1年と10ヶ月ですけど、自分の
初期の頃のを見ると、今と比べて一番気になることは、透明感
なんです。写真の腕は上がらないものの、処理テクニックだけは
確実に上がっていると実感しています。それを励みとして、ひた
すら撮っては処理し、を繰り返しています。

なぜ? うーん、よく分かりませんけど、やっぱ自己満足を
第一に、そしてそれ以上を望まないこと、とあるときに思い
直して、それで気が楽になったことがあります。そのときの
惰性のまま、いままで続けてきたのか、と。

nonbe 

確か岸田秀もゆうてたけど、
地球上の生物で人間だけが動物園を作る。

全知全能の神であった胎児がその成長に従って欠落するものを補完しようとして欲や嫉妬が起こる。

写真を撮る行為もまさしくその辺じゃないかなぁ。
現存するものへの嫉妬。
自分のものにしたいのにできない。
だから画像にして盗み取る。

解脱すれば写欲は収まるかも。(笑)

γψοτα 

最近HDR画像に興味を持って、こちらのサイトを参考に勉強させて頂いて大変お世話になっています。

僕も写真を撮る時にふと考えてしまうことが有ります。
良い写真って撮るものじゃなくて、たまたま、撮りたいと思ったその時に、偶然カメラ持ってた程度のことなんじゃないかとか。
でも、だからたくさん撮ることやいつもカメラを持っててその偶然を逃さないのが重要なのかなーとか。

なんか支離滅裂ですみません。

人間は判断する力を持ってない、信じることしかできない生き物って雑誌に載ってました。
良いか悪いか意味が有るか無いか、それは分からないけど、たくさん撮っていればいつか、神様が良い写真を撮らせてくれるんじゃないかなーと思ったりします・・・時々。

Rusty Nail 

建築を勉強している僕がHDRをやり始めて考えていることは、
現実を写す行為にとどまらず、デジタル世界で都市を再構築する行為である
と考えています。デジタル写真をHDR、コラージュ、レタッチをすることは、
建築を設計するアーキテクトと同じ行為であることだと思います。
(しかし写真を自分の為に撮っているというなら、建築は人が住む為に設計する
という違いはありますが。)
に写される作品は、建築でいうハイテックな作品のようです。

現実世界で、「加工される前の建築の方がよかった」と言われるような
建築を将来設計してToshiroさんやみなさんに撮ってもらうような建築を
設計しないといけないですね!

Toshiro 

>教祖様
助かります。今度コーヒーごちそうさせてください。コンパしましょう。

Toshiro 

>junkiさん
>処理テクニックだけは確実に上がっていると実感しています。
そうですね、いつの間にかPhotoshopの処理が早くなりました。

junkiさんのアーカイブ更新速度はすごいです。おねーちゃんの気遣いも優しさがにじんでいます。自己満足の上にさらに愛がのせられているようで・・・

Toshiro 

>nonbeさん
解脱ですか。。。仏教にも興味あります。
写欲というか、結局欲求なんです。ほら!すごいよ!見て見て!という感覚がほとんどですから、原始的な顕示欲なんでしょうねぇ・・・

Toshiro 

>γψοταさん
>神様が良い写真を撮らせてくれるんじゃないかなーと
自力で召還できるようになってみたいです。

いでよオブスクラッ中世の画家の混沌と共にっ☆

Toshiro 

>Rusty Nailさん
確かに、有無を言わさず撮りたくなる建築があります。主観だったり気分だったりしますが、同様に室内もそういった欲求があります。
ウラもオモテも撮りたいんですよね。ついでに人間も。